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2019-08-20

凡夫で愚者で素晴らしい


暑い夏というのは、必要以上には外に出たくなくて、去年は涼しい喫茶店でアカシックリーディング(今は休止中)のセッションを詰めていたのだけど、今年は映画や本の世界にどっぷり浸っていました。

思いがけずよい映画に出逢えたりもしたのだけど、今日は最近読んだ中で一番よかった本について書きたい。

「今を生きる親鸞」安富歩・本多雅人 共著

以前から女装の教授として気になる存在であった上、先の参院選の出馬で更に興味を引かれた安富歩さんと、真宗大谷派の住職である本多雅人さんの対談。安富さんは、選挙期間中に豊橋へ来てくださったこともあって、選挙演説も聞いて来ました。その時は教育に関してお話しをされていて、わたしとしては重要なテーマであることもあり、興味深く拝聴しました。何故かはこちらを読んでね。同じく教育に関わる知人らが、たまたま多く聞きに来ていたのが面白いところ。

その時の演説はYouTubeでも観られます。わたしとは少し考え方が違う部分もあるのだけれど、共感する部分も多いので、興味のある方はぜひ。実際にお目にかかった時の安富さんは、とても自然体で、魅力がナチュラルにフローしている方でした。すごく好き。

で、話しを本に戻す。かなりざっくり説明してしまうと、親鸞という人は、自力で自分を磨き、よりよい人間になっていくという修行系の宗派の教えとは違い、他力の教えを伝えた人。この“他力”や“回向”など、親鸞の教えについて、哲学者のスピノザなどを引き合いに出しながらの本多さんとの対話を収めた本です。またまたざっくり言ってしまうし、少し理解がずれていたらごめんなさいだけども、人類は既に救われていて、極論ですが、人を殺めた人間がいたとしても、それは他力が働いてそのようなことが起きているだけで、そういった人間ですら既に救われているという、ノン・デュアリティー(非二元)がしっくりくるような人には頷くことの多い教え。(もちろん、悪事を推奨しているとかいうことではない)

で、で、で。修行系と、親鸞をはじめとしたNon修行系の世界観の違いや関わりあいというのは、わたしにとって常に興味の対象で、どちらも大切な視点について教えていると思うのだけど、最近では、ただ、語っている次元が違っているだけなのかなと思う。

修行系は、浄土のことを説いていたとしても、どこか3次元的で地球的、それは、ここ地球で生きていくには必要な考え方だけど(少なくともこれまでの時代は)、Non修行系代表の親鸞は、次元とか超えていて言葉にするには難しいような感覚的なことを伝えているように思う。

「無目的・無計画・無責任」でなければ、目的を責任をもって計画通りに進めることはできない 

逆に、

目的を計画通りに責任をもって実現しようとすると、「目的を計画通りに責任をもって実現した」ことにするために、巨大な「やっているフリ」をすることになるとも考えています。この結論を証明するために本を書いたくらいです。

今を生きる親鸞より

と、本の冒頭で安富さんが書かれているのだけど、これはもう、Non修行系のわたしにとっては体感的に真実だと感じる言葉。だけども、ここ地球で生きていくためには、修行系な視点から学ぶことも多くて、今はそれも楽しんでいる。

ただ、ひとつ、宗教や思想を超えて、これはどんな人にも有用だと思うのは、自分は凡夫で愚者でありながら、同時に素晴らしい存在であるということを知っていること。

そういった前提に立つことで、奢ることもなく、他者を尊重し、関わりあいを心から楽しみながら、いつの間にか結果的に平和な地球になるんじゃないかなぁと思うのです。楽天的過ぎるかな?でも、“いつの間にか”とか“気づいたら”というのがやはり肝で、そうでなければ、引用させていただいたような“フリ”を重ねることになるのではないかと思うのです。

平和を求めるというより、頭で“しよう”として“する”ことを一旦手放し、自分の内側から生じる欲求(スピノザの言うコナトゥス)に身を委ね生きることで、どれだけの時間がかかるかは分からないけど、自然と平和な世界へたどり着くのじゃないかな、と。何百年、何千年という時間だったとしても、それは宇宙にとっては一瞬で、そのプロセスの中に、わたしたち凡夫の営みが、緻密に、でもダイナミックに紡がれている。

そして、そのことに気づいた頃には、これまでの“やっているフリ”ですら、コナトゥスの作用の一部で、生まれる前から既にずーっとその営みの中にいたし、死後もずっとその内に在り続けることに気づく。

生きていれば厳しい冬の時期なんて当たり前にやってくるのだから、あえて自ら冬を創りだし生きる必要なんてないし、逆に避けようと必死になる必要もない。厳しい修行を経て悟りにたどり着くのではなく、それはもっとフッと向こうから現れるもの。そういう力みのない生き方は、これからの当たり前になりつつあると感じています。すごい時代だね。

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