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2019-10-09

わからない。だから、いい。


秋!

この夏はちょっと気持ち的にシンドイことがあり、人間不信になりそうだったので、ちょっとSNSから遠ざかってみていました。誰が悪いというわけでもなく、人間不信というのは、そのまま自己不信。ギュギュッとフォーカスを絞って、出来るだけ丁寧に、自分と、周りの近しい人たちに意識を向けながら、自分の中にある不信感が何に根ざしているのか観察していましたよ。最終的には、信じると決めるしか選択肢はないよねというところへ戻り、やっとブログを更新する気にもなりました。

話しは変わり、今、「7つの習慣」の読書会に参加しています。毎月1つの習慣について読んできて、感じたことや体験などをざっくばらんにグループでシェアするというもの。

読み続けられているだけあって、本質的なことが書いてあるし、他の参加者さんの意見から気づきをもらうことも多いです。今日はそこでの参加者さんの一人が発した「本当の理解って何だろう??」という問いに、本の脈絡とは関係なく、わたしなりに感じていることを書いてみようと思います。

ええっと…そもそもの前提として、ひとりの人間が感じていることは、他の人には、同じように感じることはできないですよね。例えば、女性の生理痛をひとつの例としてあげてみても、男性にはその痛みがどんなものか、想像することはできても、同じように感じて確かめることができない。たとえ同じ女性同士であったとしても、痛みの感じ方はそれぞれ違っていて、まったく同じように感じることも、お互いの痛みを確かめる術がないのはここでも同じ。どこまで寄り添ってみても、他人が感じていることというのは、自分の想像の範囲を超えない。

これは、痛みという感覚だけでなく、全てにおいてそう。ひとつの事実を、まったく同じように捉えている人はいないくて、それは、音や色みたいなものを捉えている時にもそうだし、心の感受性だって人それぞれ。頭の中に描いていることだって、それをそのまま完全に伝えられることは、多分ない。そうするともう、自分が感じていることというのは、自分にしかわからないということ。それは、誰にも踏み込めない領域が自分の中にあるということでもあるし、自分自身という、世界にたったひとりの存在を通して、観ること、そして感じることの相互作用で、わたしだけの世界が創られているということ。

自分が今ここで感じて(観じて)いる世界には、自分がすべての責任を持っているということは、人によってはちょっと受け入れ難いことなのかもしれないし、孤独なことなのかもしれない。別のある人にとっては、自分が自分の世界の創造主であるということに、歓喜するかもしれない。わたし自身はといえば、いつもいつも歓喜しているわけでもなく、人間だもの、やっぱり絶望する日だってあるわけです。だから人間不信にだってなるさ。笑

で、です。そういった視点に立った時、“本当の理解”というのは存在しないのでは?と、わたし個人は感じています。じゃあ、何が存在しているかと言えば、絶対的にわからないことを前提として他者が感じていることを信頼し尊重することの一択。

信頼と尊重の一択しかない。それって、わたしにとっては、すごい発見でした。絶対的にわからないっていう前提と、それでも相手の感じている世界に寄り添いたいと感じている自分を認識することで、他者にかける言葉も自然と変わってくると思うんです。生理の痛みが分からない男性が、女性にかける言葉も自然と優しくなるだろうし、寄り添おうとしてくれる態度に女性は癒され、相手に対する態度も自然と柔らかくなり感謝も抱く。

生理のことはひとつの例で、もちろん、それだけじゃない。心や体が感じている痛みや喜び、考えなど…すべてにおいて、そこに相手に対する本当の理解というものが有ったのかどうかということよりも、わからないけど、それでもわかろうとする態度のことの方がよっぽど大事なことで…。うん。それって、愛じゃんね。愛、一択。

ということで、冒頭の人間不信の話しに戻ります。受け入れ難い何かが起きた時というのは、信頼と尊重の一択(つまりは愛♡)から一時的に(部分的に、幻想的に)、離れるわけですが、分離と統合の過程に学びがある。非をぶつける対象を外に探している間は、自分自身にはなんの成長もないし、愛へと還る妨げになる。痛みを感じている自分に目を向け、受け入れ…あとは自分がどうしたいか、どう在りたいか、だけ。

伝えきれないから、伝えようとする。わからないから、わかろうとする。確かめようのないものがあるから、信頼と尊重のうちに愛で在れる。あぁ、、地球というお里で人間をやるって、すごいこと!

実りの秋ですね。のどか。

この拙い文章にいたっては、わたしが感じていることを、寸分の違いなく伝えられることはやっぱりありえないけれど、それでも、受け取って、その人自身の中にある何かしらを感じてくれているであろうことが嬉しいです。1ヶ月以上ぶりの投稿を読んでくださってありがとうございます。ジュエリーもそろそろいくつかご紹介できそうです。豊かな季節をお過ごしくださいませね!

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